貧民街。
通行証を持っていないので監視者の隙をみて潜り込んだ、リヒタルゼン
からまるで隔離された街。
道も舗装されてなく、人々にも街全体にも活気はなく、スリだ詐欺だと
いった事も少なくはなく、潜り込んだはいいが自分の身の安全を思えば
長居は禁物。
所詮ただの興味本位で立ち寄っただけだった。

戻るかな・・・。
踵を返し、再び潜り込むように戻る為にはどうしようかなどと考えて
いたら、ふと軽い眩暈におそわれた。
聞こえるのではなく、何やら頭の中に直接伝わってくるような意思。
不思議な感覚を覚えあたりを見回すが、勿論怪しい人影など見当たらず
ほんの一瞬で現実に戻る。
気になり始めると止まらない、戻ろうかと思ったが私はそのまま街を
一回りしてみようと思い再び歩き出した。
特にこれといって変わった事もなく・・・。
しかし、同じ様な事が再び起こる。
酒場、街角、二度、三度。
聞こえてくるキーワードは・・・
レッケンベル・・・。

先日、レッケンベルの生体研究所へと潜り込んだのを思い出す。
研究員のふりをして容易く潜り込めるのだ。
そう、そこで私は同じ様な体験をしたのを思い出す。
頭に直接話しかけてくるような感覚。
モンスターの巣窟ゆえのただの幻聴かと思い、気にも留めずに居たが、
思い返してみれば伝わってくる「幻聴」の「意思」が似たような感じに
捕らえられる。
死者の思念が・・・
この街に溢れているとでも言うのか。
私は貧民街の長老に尋ねた。

私が持っていた囚人の腕輪。
そこから無数の思念が発せられていた。
長老は、私に取り巻いていた死者たちの残留思念を取り除いてくれると
やはり真相はレッケンベルにあると頷いた。
再び研究員に扮装し潜り込み調査を始める。
しかし、あの眩暈におそわれ再び声が私に話しかける。
長老の言う死者の残留思念は、一瞬にして私に何かを伝えようとして、
そのあまりに強烈な意思にとらわれ、映像が脳裏に流れて行く。
貧民街で私に伝わってきた声と、レッケンベルの中で私に伝えんとする
意思、全てが一本の糸となりレッケンベルへと繋がっている。

一人の声の持ち主の、最後の映像に私は囚われた。
地下室に閉じ込められた青年が、レッケンベルの研究員に連れて行かれ
るその時だった。
金に目が眩み、レッケンベルを信じた自分を嘆いていた。
青年は生きる為に働き口を探していただけだった。
研究員は最後の仕事を与えた。
それが彼の最後の映像だった。
彼が部屋から去った時に投げ捨てられたペンダントを拾った。
古ぼけて開かなくなってしまったロケット型の紅いペンダントだった。
それを手に取ると、映像は消えた。
彼がどうなってしまったのか、私には解らない・・・。

どうすることも出来ず、再び長老を訪ねた。
事態を把握できぬまま、古ぼけたペンダントの中に飾られた一枚の写真
に目を奪われた。
兄妹の写真。
見覚えのある、少女が写っていた。
貧民街のはずれにある家に向かう。
一人の少女がそこに佇んでいた。
写真に写っていた少女。
古い椅子に座った、足の不自由な少女。
私を映像に捕らえて居たのは、この少女の兄の思念・・・。
レッケンベルの中で、一人の研究員と対話した。
名前はボルセブ。
彼が行っている研究は、人体実験。
実験材料にされていたのは、貧民街で働き口を探していた人々。
その中に、この少女の兄が居た・・・。
しかし、私は少女に事の真相を告げれずに居た。
少女を思えばこそ、青年の最期を伝える事など出来なかった。
ましてや、青年が私に見せた映像は、あまりに悲愴な現実だった。
きっと戻ってくるよ。
それまでに元気にならないとね。
私は少女に、嘘をつく事しか出来なかった。
少女の取り戻した笑顔は、兄の死を知るまでの間の物だと解っては
いるのだが・・・。

外に出ると、誰かの気配を感じた。
今までに感じていた「死者の思念」と同じ様であり、それとは違う
どこか温かみを感じる意思が伝わって来た。
根拠はないが、それが少女の兄であると信じたい。

ふと立ち寄ったリヒタルゼン、なかなか冷酷な真実が隠されている。
この貧民街から見ても大きなレッケンベルの建物が、まるで異様な程に
大きく膨れ上がった異質な物に見えてしょうがない。
ただの興味本位で今回の騒動に首を突っ込んでしまったが、あの建物
にはまだまだ多くの真相が闇の中を蠢いて居るのであろう。

ボルセブはレッケンベルを追い出され、どこに消えたのか。
そして「研究」が生んだ成果を抱えるレッケンベルの目論見は。
無人になったボルセブの研究室の灯りが、妙に妖しく揺らめいていた。